ゆとり社員ちゃん、転職する。~エピソード0~

ゆとり社員ちゃんシリーズ
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出口を間違えたのに突き進んだのが失敗だった。いや、家路の途中にあるはずのない高架が見えた時、なぜかくぐれば近道じゃないかと思いこんだのが最大の過ちだ。ことりはどうやら道に迷ってしまったらしい。
「うぅ……知らない町、怖いよう……早く帰って寝たいよう……」
吐く息が白く、指先も凍えそうだ。
車通りも多く、バーやコンビニが点在しているため真っ暗ではないのだが、路地が入り組んでいて進むべき方向が分からない。頼りのスマホは、つい先ほど充電が切れてしまった。とにかく大通りに出たい一心で、路地を明るい方向へひた進む。

まるで、ことりの人生のようだ。

高校生のとき、進路を決めろと言われて適当に専門学校を選んだ。絵を描く仕事ができればいいな、と思っていた。2年間の専門学校生活は、なおつんたちとの同人活動に明け暮れて終わった。気づけばみんなデザイン事務所や印刷会社に就職が決まっていて、ことりは慌てて内定に飛びついた。
フォーマットの決まっている求人広告に、写真とテキストを流し込むだけの仕事。質より量が称賛される環境。ようやくデザインを任されたのが、巻末の小さなインタビューコーナーだった。見出しの見せ方や、レイアウトを自由にいじれる唯一の仕事だったのに。
「疲れたぁ……」
とうとう足が止まってしまった。
このままうずくまりたい。小さく丸まって、眠ってしまいたい。重力に逆らえずに腰を下ろしたのは、どこかの会社の前だった。

──働けど 働けどなお 我が暮らし オタに戻れず じっと手を見る。ことり。

いつか国語の授業で習った短歌が頭に浮かんで、ふっと自嘲する。手のひらを見つめてみるが、あいにく手相は読めない。消しカスを払って薄汚れた手に、ペンだこがひとつふたつあるだけだ。
ことりは、ふと自分の手がやわらかな明かりに照らされていることに気づいた。そうでもなければ、手の汚れやペンだこが見えるわけがない。
日付もとうに変わったこんな時間に、普通の会社なら明かりがついているはずはなく……けれどほのかに明るい。どうやら社屋前にガラスケースの展示スペースがあって、その明かりがことりを照らしているらしい。
「いどばた出版……?」
こぢんまりとしたガラスケースには社名があった。中には、主な出版物が整然と並んでいる。語学分野や医療分野の実用書、グルメジャンルや園芸書などの趣味の本など幅広く取り扱っているらしい。その中で一番ことりの目を引いたのは、隅に貼られた「求人募集」の文字だった。
「ふーん、出版社かぁ……」
思わず腰を上げて、求人募集の紙を食い入るように見つめる。

──正社員、未経験可、事務経験優遇。委細面談のこと。

なんとも素っ気ない文言で、情報量も少ない。
「いどばた出版、いどばた出版、いどばた出版……」
スマホの充電切れを思い出したことりは、その社名を忘れないように口ずさみながら歩き出す。足取りはほんの少しだけ軽くなり、5分もしないうちに大通りに戻ることができたのだった。

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